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解脱上人貞慶の唐招提寺釈迦念仏会の創始について

 唐招提寺では、毎年10月21日から3日間、釈迦念仏会が厳修されている。
 鑑真和上が唐からもたらした3000粒の釈迦の遺骨を納めた金亀舎利塔を本尊として、3日3晩にわたり法華経の功徳を説き、「南無釈迦牟尼仏」と釈迦の名号が唱え続けられる。唐招提寺の長老は念仏会の願文が読誦できさえすればよい、といわれるほど当寺にとってもっとも重要な法会である。

 この釈迦念仏会は、建仁2年(1202)8月に、戒律復興運動の基幹として解脱上人貞慶が創始したもので、上人晩年の大切な事績の一つである。創始にあたり貞慶が作文した『釈迦念仏会願文』は、今も大導師たる長老によって読誦されており、貞慶が生涯を賭した戒律復興の願いは、名文の誉れ高い願文とともに、800年後の今日までも南都の古刹に芳しく漂っている。
 鑑真によって、仏教徒が守るべき正しい戒律と、三師七証が揃った仏教の法に適った「如法の受戒」が初めて我が国に伝えられた。鑑真創建の唐招提寺は、戒律を学ぼうとするすべての人に開かれており、奈良の都に上京して如法の受戒をし、なおも高僧について戒律を学び実践しようとする律学生には寄宿を許してさえもいた。
 唐招提寺は国が定める律の学問所となり繁栄を築いたと思われがちだが、しかし鑑真没後は衰退の一途だった。『招提千歳伝記』の「実範伝」に「殿宇荒廃」とあり、『唐招提寺縁起抜書略集』には、「ある夜、実範は唐招提寺から中川寺に銅筧が通ずる夢を見た。実範はこれを好相と思い、唐招提寺へ詣ると、伽藍は荒廃し、僧もおらず、庭は田圃と化していた」と伝えている。
多少の誇張はあろうが、中川寺の実範(1089年頃〜1144)が訪れたころには、それほどに唐招提寺は衰退していたのである。
 衰退の極みにあった唐招提寺で、貞慶は戒律復興を目的として釈迦念仏会を創始した。『釈迦念仏会願文』は、まず釈迦念仏会の趣旨を記し、次いで舎利の功徳を「遺身舎利に至りては、帰依殊に重し。正しく在世の昔の身を分て、現に無漏の真体を留む。辺土にこれを得ること希にして、甚だ希なり。肉眼にこれを見ること、奇にして猶怪し。機縁の深く、恩徳の重きこと大なるかな」と説いている。
 鑑真が将来した3000粒の「遺身舎利」は、「渡航中、海に落としてしまったが、鑑真の持戒の力を恐れた龍神が戒律寺院の鎮守を約束するとともに舎利を返した」(『唐招提寺解』)という逸話を有するもので、この舎利を、貞慶は「日本における舎利の流布は聖徳太子が始めといわれているが、その太子の舎利よりも、鑑真将来の舎利の方がさらに功徳が厚い」とその功徳を説いている。
 貞慶はさらに、鑑真を、「和尚は大国神異の高僧、我朝戒律の大祖なり」と敬意を込めて称賛し、東大寺戒壇院、唐招提寺の建立、そして「如法の授戒」の整備と戒律を広めた功績を「聖霊の徳」とし、在家・出家、また北京・南都から信仰を集めたと讃えている。鑑真創建の唐招提寺を「聖跡」と表現し、和上在世のころは参詣者が後を絶たなかったが、現今は僧侶の数が少なく資縁が絶え、参詣する人もないと衰退した現状を歎じている。
 そして釈迦念仏会創始の意図が語られている。貞慶は自分を「無智無戒の愚僧」であり、「聖霊の門葉」ではないので伽藍を維持することができず、その行く末を心配するばかりであったが、去る建仁2年8月、忽然と思い立ち、2人の女性の援助を得て道場を整備し、釈迦念仏会を始めたのだという。『願文』に「病重く身衰え、生涯既に窮まる」というように、念仏会の創始は貞慶の晩年であった。そのためか、念仏会が唐招提寺復興のための「一旦の発起」となり、後世に続くことを切実に願っている。
 貞慶は釈迦如来を、「この界の慈父、我等が悲母なり。一代の教主なり。四衆の本師なり。一体にして四徳を兼ぬ。すべてその類無し」といい、唐招提寺の鎮守は釈迦在世の聴衆であり、舎利の守護神でもあると説き、また最後に、人々の祈念によって、末法の世が過ぎても伽藍が維持され、舎利の光が絶えることがないことをひたすら願う意を記して結んでいる。
 日本戒律の祖として崇敬される鑑真が、戒律の道場として建立した唐招提寺が衰退していることは、まことに悲しむべきことであった。余命少ないことを感じていた貞慶にとって、それはとうてい看過できなかったはずである。貞慶の「一旦の発起」は、まさに戒律復興ののろしであった。
 鑑真将来の舎利を前に厳修される釈迦念仏会は、久遠の昔に逝ったはずの釈迦とその徳を身近に感じさせ、鑑真の清らかな毎日を想起させる。釈迦念仏会を創始した貞慶の深意もおそらく、末法の世を克服するためには、釈迦在世の昔にたち帰り、苦難を超えて鑑真が伝えた戒律をふたたび唐招提寺に現出し、それを弘通させることにあったに相違ない。


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