南山城の十一面観音像を訪ねて [井上一稔(同志社大学教授)監修]

南山城は古仏が多く居ます場所ですが、ことに十一面観音像は優品が目立つことで注目されます。天平時代(8世紀) の観音寺十一面観音像をはじめとして、各時代にわたるさまざまなお姿の観音像が存在しておられるので、これらの 観音像を巡礼してお姿がどの様に変わってゆくのかを拝見する楽しみも生まれます。

観音寺 十一面観音立像 国宝

 南山城では一番古い天平時代の十一面観音像です。東大寺大仏を造った仏所が関係した仏像と思われます。  蓮台にふわりと降り立った観音像という感じを受けます。またおさげ髪を肩に垂らしたような、若々しいお顔に魅了されてしまいます。おさげ髪に見えたのは、菩薩にみられる垂髮と呼ばれる髪で、正面できれいにすき上げられた髪の一部を両耳の後ろから垂らし、肩上で結び目をつくってその先を四条に分けています。この髪の部分をはじめ目鼻や衣の皺など全身にわたる表現は、まずヒノキからほとんどの姿を彫出した後、その上に漆におがくず等を混ぜた木糞漆(コクソウルシ、乾漆ともいいます)を盛り上げて造形される木心乾漆造という天平時代を中心に用いられる技法で出来ています。 〒610-0322 京都府京田辺市普賢寺下大門13 [TEL]0774-62-0668

寿宝寺 重文

 古代の三山木駅のほど近くに寺はあり、本尊は十一面千手観音立像(重要文化財)です。この像は、平安後期に造られたもので、十一面観音のように頭に十一面を頂くと共に、小手を交えて実際に千本の手を表している珍しい千手観音です。寺伝によるとこの寺は奈良時代に創建が遡るようですが、奈良時代には千本の手をあらわす千手観音が多く作られたことを考えると興味深いものがあります。
またこの寺の近くの西念寺には、白山神社の神宮寺法雲寺にあった平安後期の十一面観音像(重要文化財)が伝わっていますが、平常は京都国立博物館に寄託されています。 〒610-0313 京都府京田辺市三山木塔ノ島20 [TEL]0774-65-3422

禅定寺 十一面観音立像 重要文化財

 仏像は写真で予想していた大きさと異なることにしばしば驚かされることがあります。この像もその一つで、写真で見るより、大きなことに圧倒されます。その気持ちが落ち着いたところで、お顔等を拝見しますと、南山城のどこかでお目にかかったような気がしてまいります。実は観音寺十一面観音像によく似ているのです。恐らく天平時代の観音寺像を手本として造られたものと思われます。そしてこの様にして造られたのは、正暦二年(991)から長徳元年(995)までの間であることが記録から分るのも貴重です。 〒610-0201 京都府綴喜郡宇治田原町大字禅定寺小字庄地100 [TEL]0774-88-4450 [HP]禅定寺HP

岩船寺 十一面観音立像

 岩船寺は近在の鳴川にあった鳴川寺(善根寺)と関係が深いと考えられていますが、『後拾遺往生伝』にこの鳴川寺は「十一面観音験所」であると記していることは、南山城の十一面観音像を見て行く上でも注意すべきことでしょう。また南山城に多くの優れた十一面観音像が伝わっていることとは、この地域の各所に験所があったことを想像させます。そして岩船寺に、その体形や着衣の表現に古様を窺わせる十一面観音像が伝わっていることは見逃せません。 〒619-1133 京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43 [TEL]0774-76-3390

笠置寺 十一面観音立像

 山頂にいくつもの巨大な岩が聳え立つという景観の中に笠置寺はあります。ここが古来聖地として崇められてきたことが体感出来る場所で、奈良時代にはその岩肌に仏像の姿を刻んで信仰するようになりました。
 十一面観音像は宝物庫に安置されています。一木造の像で、頭上に十一面を載せ、右手を垂下させ、左手に水瓶を持って、右膝をかるく曲げて立っています。腰から大腿部にかけての肉付きを豊かにおこなうのは、十世紀の仏像にみられる表現です。 〒619-1303 京都府相楽郡笠置町笠置山29 [TEL]0743-95-2848 [HP]笠置寺HP

海住山寺 本堂 十一面観音立像 重要文化財

 海住山寺とはなんと心引かれる名前でしょう。また山中にある寺にして謎めいています。この名はここに住んだ鎌倉時代の名僧貞慶が、海は観音の誓願の海を表わしてそこに安住する意と、観音の住みかである補陀落は海中にある山であることに因んで付けたと言います。
 本尊の観音像は、貞慶が入山する遥か前の平安中期以前の作で、そのお顔立ちや姿に観音の救済力を表わしたような、一種不思議さを感じさせる造形となっています。観音の頭頂は木を削り出したままとし、背面も荒彫りを残すなど、観音が木から現われた様を示していると考えられる表現もみられます。 〒619-1106 京都府木津川市加茂町例幣海住山20 [TEL]0774-76-2256 [HP]海住山寺HP

海住山寺 奥ノ院 十一面観音立像 重要文化財

 貞慶の念持仏と伝えられる像です。本尊のところで述べましたように、貞慶はこの寺を観音の住みかと考えました。その貞慶が自坊で拝むのにふさわしい大きさの像です。
 白檀と考えられる材から彫出された素晴らしい観音像で、平安前期の作と考えられますから、貞慶は誰かから引継いだという事になります。並々ならぬ仏師の作で、これだけの像はめったに見られるものではないことから、かなり身分の高い人物が造らせたと想像出来ます。お顔は凛とした表情で、体は上半身を反らして、裳裾を後方に引いて、動きを伴った表現がみられます。細長く引かれた目は瞑想するかのようですが、お顔を下方から拝する時、その目がはっきりと見開き生気を宿します。観音像を拝すべき位置を教えてくれているわけです。 〒619-1106 京都府木津川市加茂町例幣海住山20 [TEL]0774-76-2256 [HP]海住山寺HP

現光寺 十一面観音坐像 重要文化財

 珍しい坐像の十一面観音像であると共に、若々しく美しい姿の像です。一見、繊細にみえる体は、近づいて見ると胴部が絞られ、引き締まった肉付けがおこなわれていることがわかります。お顔は丸く、目を細めた表情には叡智が表れています。  鎌倉時代初期に造られた像ですが、先に述べた顔立ちや体つきは、観音寺十一面観音立像と共通する表現で、天平時代の観音像を手本として造られたことが分ります。 〒619-1113 京都府木津川市加茂町北山ノ上9 [TEL]問い合わせは海住山寺へ

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